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龍馬を育てた五人展
石塀

  

                    「坂本龍馬」公文菊遷画

 

 

山内容堂 (1827-1872)

 

高知生まれ。第15代土佐藩主。

「鯨海酔候」と自らを称し、酒と詩をこよなく愛し人物として知られています。

嘉永6年(1853)の黒船襲来を契機に藩政改革を断行吉田東洋を登用して成果を上げました。

 

幕政にも積極的に参加し、将軍継承問題で一橋慶を擁立する一橋派を支援しました。

対立する大老井伊直弼に弾圧を受け、2年半にわたる慎生活をおくります。

 

以後公武合体派として幕政改革に乗り出し、土佐勤党を弾圧。藩内の尊攘激派の鎮圧に努めました。

慶応3年(1867)、後藤象二郎の進言を受け入れ、慶喜に大政奉還を建白。雄藩連合を構想し、明治政府においては議定、制度寮総裁等に就きました

 

 

 

 

 

         書幅の解読

            【翻刻】   籬菊花開又値秋 金波凸処酒如油

                   如今誰決海防策 照燭閑看大地球

                        即事 容堂

  

            【読み下し】 籬菊 花開き また秋に値う   金波凸処 酒 油の如し

                   如今 誰が決す 防海の策    照燭 閑に看る 大地球

 

            【大意】   垣根の菊が今年も開いて また秋を迎えることが出来た  

                   なみなみと注いだ酒が 油のようだ

                   今の世の中 誰が海防の策を立てるというのか

                   私は燭を照らして のどかに大地球をみていよう

 

  

 

      頼 山陽 (1780-1832)

        大阪生まれ。江戸後期の儒学者で、歴史、文学、美術などの分野で活躍しました。 

          江戸に出て寛政の三博士の一人・尾藤二州から朱子学などを学び、京都で書斎

          「山紫水明処」を営み、多くの文人達と交わりました。

          修史に関心が深く、詩文にすぐれ、書もよくしました。

          著として「日本外史」「日本政記」「日本楽府」などがあります。

            

            「日本外史」:頼山陽没後に出版された史書で、ベストセラーとなる。

                   幕末から明治初期の人々に大きな影響を与えました。

 

                    扁額の解読

             【翻訳】    葦辺生瑞雲

              

             【読み下し】  葦辺 瑞雲 生る

 

             【大意】    葦の生えている水辺に めでたい雲が生まれる

 

 

 

 

 

 徳弘 董斎 (1807-1881)

  

高知市生まれ。

   

江戸で下曾根金三郎から洋式砲術を、広瀬台山に文人画を学びました。

坂本龍馬、坂本権平、武市瑞山、岡田以蔵に西砲術を教授し、瑞山の絵の師匠でもありまし

 

※高知市中須賀公園に生誕の石碑があります。

 

              

   河田 小龍 (1824-1898)

 

      高知市生まれ。

      幕末から明治初期にかけて幅広く活躍した土佐を代表する絵師です。

      藩儒・岡本寧甫(ねいほ)の下で儒学などを学びました。

      岡本寧甫は高名な学者で、その塾生は千人を超えるといわれ、小龍以外にも坂本龍馬や

            岩崎弥太郎、中江兆民などが弟子あるいは孫弟子として名を連ねています。

 

      小龍に大きな影響を与えたのが吉田東洋で、東洋に従い、京都では南画を、大阪では書を

            学んでいます。

      アメリカ漂流民のジョン万次郎を取調べ、著に「漂巽紀略」があります。

      坂本龍馬に航海通商策の開国論を伝授したことでも知られています。

 

        「土佐絵図」 1882 絹本・手書手彩

     土佐湾上空の安芸沖から高知県全体を眺めたような鳥瞰図手法を用いて描かれています。

     沿岸部の地名と風景、高知城なども描かれた小龍の晩年のユニークな作例で、「奈半利」

          当時、「奈半里」と表記されていました

            

 

 

 

 

公文 菊遷 (1873-1945)

 

高知市生まれ。東京で日本画を学び、維新の志士ちの肖像画を多く残しています。

 

とくに龍馬を描くと並ぶ者はいなかったと言われいます。

同じ構図で多くの作品を描いていますが、龍馬の囲気をよく表していてとても人気があります。  

  

 

 

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